どたどたと進み
勉強と言う名目で図書館に入り浸ると言うことは、優等生のみができる高等技術である。
そんな名言を吐いた少女、一緒に来ていたイナちゃんが帰った後も、ノートの横に本を積んで勉強をしていた。
成績が危うくて退学させられそうだとか、そういうわけでもなく、
とある目的の為に、休日でありながらも少女は図書館に居座っていた。
「こんにちは、こんな遅くまで勉強ですか?」
「モルガンさん!!」
特にノートをとっていたわけでもないのに、落としていた視線を上げて、その声に少女は顔を上げた。
「よかった!張込み一日目で会えるなんて、運が良いかも!!」
「何か御用ですか?」
「はい、御用なんです!」
自分から張り込みなんて言っていれば世話は無いのだが。
ほっとしたような笑みを浮かべた後、少女はテーブルの上の本やノートを片付け始めた。
いくつか借りる手続きをした本を鞄に仕舞いながら、少女とモルガンさんは図書館を出た。
隣を歩きながら、何を言おうかと思案顔の少女を眺めながら、今日はバールで夕食を摂ろうかと考えていたモルガンさん。
当然のことながら少女が発した言葉に驚いてしまった。
「モルガンさんって、ミルズさんの小説って読んだことありますか?」
「‥‥‥‥‥はい?」
「あ、えぇっとですね。ミルズさんって小説家さんなんですよね。だから、私もミルズさんの小説読んでみたいなって思ったんですけど‥‥‥」
と、少女はその質問をするに至った経緯を簡潔に説明した。
ミルズさんに聞いてもはぐらかされる。
セルトに聞いても、最近のは読んだことないとはぐらかされる。
以上。
「‥‥‥えぇっと、ミルズが小説家だというのは、本人から聞いたんですか?」
「はい、売れない小説家だって。」
しょんぼりと肩を落とす少女の姿を見て、モルガンさんは考えた。
少女がミルズのことを好きだというのは、今まで見てきたことから十中八九間違いはないだろう。
けれど、ミルズにはミルズの事情がある以上、何故小説家などと名乗っているかを自分から話しても良いものだろうか、と。
‥‥‥コレは、きっとミルズ自身が彼女に話さなくてはいけないことなのだと、モルガンさんは結論付けた。
きっと少女はもう、ミルズに過去の事を質問したに違いない。
けれど先ほどの話同様はぐらかされたから、こうして今、自分に聞いてきているのだろうと。
「‥‥‥読みたいのなら、ミルズに私から話してみましょうか?」
「え、本当ですか!?お願いしてもいいんですか?」
先ほどまで俯けていた顔を上げて、ぱっと顔を明るくする少女に、モルガンさんは快く頷いた。
「えぇっと、それじゃあ‥‥‥来週がミルズさんの誕生日だから‥‥‥うん、よし決めた!」
「?」
「モルガンさん!私、ミルズさんに告白します!フラれるかもしれないけど!」
「そ、そうですか。」
何で自分に向かってそんな宣言をするのだろうと思ったことは言わないで、頷く。
単純な悩みのように見えても、この少女だって思春期の女の子なのだ。
色々な考えが、頭を巡っていない訳がない。
今日はバールでご飯食べていってくださいと、笑顔で腕を引っ張る少女は先ほどと打って変わって晴れやかな顔をしている。
石畳の家路に響く足音は、暗くなり始めた空に似合わず軽やかだった。
「ただいまセルト!あのね、聞いて!」
帰ってくるなりカウンターまで走ってきて、いきなり話し始める少女に、セルトは気圧されそうになる。
「ちょ、ちょっと待て!落ち着いて話せ!」
「あ、うん。あのね‥‥‥」
と、あまり落ち着いた感じは無いのだが、少女は先ほどモルガンさんにしたのと同じ話をセルトに話した。
それを神妙な面持ちで聞いていたセルトは、話が終わると長い長い溜息をついた。
何故に溜め息?!と、心外そうな顔をする少女を尻目に、セルトは口を開いた。
「やっとか‥‥‥長かったな、悩み始めてから。」
「だ、だって‥‥‥恋とか、そういうの良くわからなかったんだもん。」
セルトが初めに『告白しないのか』と言ってから、少女は散々悩み続けていた。
ミルズに対して抱いている気持ちが、恋なのか、違うのか。
それに気付いたのは、本当に最近のことで思い立ったが吉日精神で動いている少女は、昨日考えたモルガンさん張込み作戦も今日には実行に移していた。
つまるところ、ミルズさんに告白しようと考えたのも、先程モルガンさんに話をしたときだったりするわけで。
なんとも無駄に行動力を持ち合わせているこの少女に、セルトはある意味感服していた。
それでそれでと、神妙ながらも嬉しそうにミルズさんの誕生日のことを話し始めた。
「‥‥‥なるほどな。まぁ、それくらいなら手伝ってやらないでもないけど。」
「わぁ、本当!?ありがとうセルト!」
「ていうか、まさか先輩が嗾けたんじゃないですよね?」
「違うに決まってるだろ。」
少女に続いてバールのドアをくぐったモルガンさんに、セルトが妙に訝しげな視線を送ると、苦笑しながらも違うという。
それを見た少女、腰に手を当ててセルトを叱る。
「そうだよ!もーモルガンさんはセルトの先輩なんでしょ?そんな事言ってちゃダメじゃない!」
「あのなぁ‥‥‥まぁ、いいけど。じゃあ一応言ったとおりに動いてやるから、失敗するなよ。」
「うん、頑張る!ありがとうセルト、セルトのそういう所大好き!」
「お前な‥‥‥あ、」
またしても溜息を吐きそうだったセルトが、ドアのほうを見て固まった。
何だろうとドアに背を向けていた少女とモルガンさんも、揃って後ろを振り向く。
そこに立っていたのは、
「ミルズさん!」
「やぁ、皆揃って何の相談?あぁ、その前におめでとうだね、セルト。」
どこかへ行っていたのか、小脇に本を抱えているミルズさんが、いつもの笑顔でカウンターの方へと歩いてきていた。
先程の言葉の意味を一瞬で理解したセルトは、慌てて弁解する。
「あのな兄貴、さっきのは‥‥‥」
「君も、想いが叶って良かったね。」
「え、何のこと‥‥‥」
「セルトと両想いになれたんでしょ?良かったじゃない。」
「な、なんでセルトが出てくるんですか!?」
ミルズさんの言葉に、意味が分からないというように少女はうろたえた。
それに追い討ちをかけるように、ミルズさんは笑顔で続ける。
「ま、今日は二人でゆっくりしなよ。セルト、今日は晩御飯いらないから。」
「兄貴!」
「ミルズ!」
モルガンさん達が止める間もなく、ミルズさんは先程入ってきたばかりのドアを開けて、どこかへ行ってしまった。
突然のことに言葉を失って立ち尽くす面々。
小さく肩を震わせる少女になんと声を掛けたら良いのか、セルトもモルガンさんも決めかねていた。
「‥‥‥ど、どうしよう。ミ、ミルズさんに絶対誤解されてる‥‥‥!」
鈍い少女にも、それだけは理解できた。
だからこそ余計に、自分が不用意な発言をしてしまったからだというショックも大きかった。
ショックで涙も出ないのか、閉められたドアを呆然と見つめる少女の姿は、
いつもの天真爛漫な姿は見る影も無く、ただ、ひどく痛々しく見えた。
「‥‥‥なに、してるんだろう。」
閉めたドアを背にして、ミルズさんはポツリと呟いた。
『ありがとうセルト、セルトのそういう所大好き!』
少女のその言葉を聞くと同時に、何故か体が勝手に動いていた。
勝手に口がしゃべっていた。
二人がさっさとくっついてくれることは、自分の望みであったはずなのに。
それに、自分は何も間違ったことを言った覚えは無い、それなのに。
さっき何かを言おうとした少女の顔が、瞼に焼き付いていて、離れない。
「‥‥‥あぁ、そういえば今日は新月か。」
それを振り払おうとして、見上げた夜の空は暗く、
いつもよりもずっと少ない、いくつかの星が瞬くばかり。
あんな事を言って出てきてしまったは良いが、行く当てがあるわけでもない。
何処に行こうかと視線をさまよわせ、誰かがくる前にとバールを後にする。
そろそろ夕餉の時間だからか、通りを行きかう人の足音は少し早い。
そんな中、寂しげにゆっくり歩く足音が、ひとつ。
つづく!
そんな名言を吐いた少女、一緒に来ていたイナちゃんが帰った後も、ノートの横に本を積んで勉強をしていた。
成績が危うくて退学させられそうだとか、そういうわけでもなく、
とある目的の為に、休日でありながらも少女は図書館に居座っていた。
「こんにちは、こんな遅くまで勉強ですか?」
「モルガンさん!!」
特にノートをとっていたわけでもないのに、落としていた視線を上げて、その声に少女は顔を上げた。
「よかった!張込み一日目で会えるなんて、運が良いかも!!」
「何か御用ですか?」
「はい、御用なんです!」
自分から張り込みなんて言っていれば世話は無いのだが。
ほっとしたような笑みを浮かべた後、少女はテーブルの上の本やノートを片付け始めた。
いくつか借りる手続きをした本を鞄に仕舞いながら、少女とモルガンさんは図書館を出た。
隣を歩きながら、何を言おうかと思案顔の少女を眺めながら、今日はバールで夕食を摂ろうかと考えていたモルガンさん。
当然のことながら少女が発した言葉に驚いてしまった。
「モルガンさんって、ミルズさんの小説って読んだことありますか?」
「‥‥‥‥‥はい?」
「あ、えぇっとですね。ミルズさんって小説家さんなんですよね。だから、私もミルズさんの小説読んでみたいなって思ったんですけど‥‥‥」
と、少女はその質問をするに至った経緯を簡潔に説明した。
ミルズさんに聞いてもはぐらかされる。
セルトに聞いても、最近のは読んだことないとはぐらかされる。
以上。
「‥‥‥えぇっと、ミルズが小説家だというのは、本人から聞いたんですか?」
「はい、売れない小説家だって。」
しょんぼりと肩を落とす少女の姿を見て、モルガンさんは考えた。
少女がミルズのことを好きだというのは、今まで見てきたことから十中八九間違いはないだろう。
けれど、ミルズにはミルズの事情がある以上、何故小説家などと名乗っているかを自分から話しても良いものだろうか、と。
‥‥‥コレは、きっとミルズ自身が彼女に話さなくてはいけないことなのだと、モルガンさんは結論付けた。
きっと少女はもう、ミルズに過去の事を質問したに違いない。
けれど先ほどの話同様はぐらかされたから、こうして今、自分に聞いてきているのだろうと。
「‥‥‥読みたいのなら、ミルズに私から話してみましょうか?」
「え、本当ですか!?お願いしてもいいんですか?」
先ほどまで俯けていた顔を上げて、ぱっと顔を明るくする少女に、モルガンさんは快く頷いた。
「えぇっと、それじゃあ‥‥‥来週がミルズさんの誕生日だから‥‥‥うん、よし決めた!」
「?」
「モルガンさん!私、ミルズさんに告白します!フラれるかもしれないけど!」
「そ、そうですか。」
何で自分に向かってそんな宣言をするのだろうと思ったことは言わないで、頷く。
単純な悩みのように見えても、この少女だって思春期の女の子なのだ。
色々な考えが、頭を巡っていない訳がない。
今日はバールでご飯食べていってくださいと、笑顔で腕を引っ張る少女は先ほどと打って変わって晴れやかな顔をしている。
石畳の家路に響く足音は、暗くなり始めた空に似合わず軽やかだった。
「ただいまセルト!あのね、聞いて!」
帰ってくるなりカウンターまで走ってきて、いきなり話し始める少女に、セルトは気圧されそうになる。
「ちょ、ちょっと待て!落ち着いて話せ!」
「あ、うん。あのね‥‥‥」
と、あまり落ち着いた感じは無いのだが、少女は先ほどモルガンさんにしたのと同じ話をセルトに話した。
それを神妙な面持ちで聞いていたセルトは、話が終わると長い長い溜息をついた。
何故に溜め息?!と、心外そうな顔をする少女を尻目に、セルトは口を開いた。
「やっとか‥‥‥長かったな、悩み始めてから。」
「だ、だって‥‥‥恋とか、そういうの良くわからなかったんだもん。」
セルトが初めに『告白しないのか』と言ってから、少女は散々悩み続けていた。
ミルズに対して抱いている気持ちが、恋なのか、違うのか。
それに気付いたのは、本当に最近のことで思い立ったが吉日精神で動いている少女は、昨日考えたモルガンさん張込み作戦も今日には実行に移していた。
つまるところ、ミルズさんに告白しようと考えたのも、先程モルガンさんに話をしたときだったりするわけで。
なんとも無駄に行動力を持ち合わせているこの少女に、セルトはある意味感服していた。
それでそれでと、神妙ながらも嬉しそうにミルズさんの誕生日のことを話し始めた。
「‥‥‥なるほどな。まぁ、それくらいなら手伝ってやらないでもないけど。」
「わぁ、本当!?ありがとうセルト!」
「ていうか、まさか先輩が嗾けたんじゃないですよね?」
「違うに決まってるだろ。」
少女に続いてバールのドアをくぐったモルガンさんに、セルトが妙に訝しげな視線を送ると、苦笑しながらも違うという。
それを見た少女、腰に手を当ててセルトを叱る。
「そうだよ!もーモルガンさんはセルトの先輩なんでしょ?そんな事言ってちゃダメじゃない!」
「あのなぁ‥‥‥まぁ、いいけど。じゃあ一応言ったとおりに動いてやるから、失敗するなよ。」
「うん、頑張る!ありがとうセルト、セルトのそういう所大好き!」
「お前な‥‥‥あ、」
またしても溜息を吐きそうだったセルトが、ドアのほうを見て固まった。
何だろうとドアに背を向けていた少女とモルガンさんも、揃って後ろを振り向く。
そこに立っていたのは、
「ミルズさん!」
「やぁ、皆揃って何の相談?あぁ、その前におめでとうだね、セルト。」
どこかへ行っていたのか、小脇に本を抱えているミルズさんが、いつもの笑顔でカウンターの方へと歩いてきていた。
先程の言葉の意味を一瞬で理解したセルトは、慌てて弁解する。
「あのな兄貴、さっきのは‥‥‥」
「君も、想いが叶って良かったね。」
「え、何のこと‥‥‥」
「セルトと両想いになれたんでしょ?良かったじゃない。」
「な、なんでセルトが出てくるんですか!?」
ミルズさんの言葉に、意味が分からないというように少女はうろたえた。
それに追い討ちをかけるように、ミルズさんは笑顔で続ける。
「ま、今日は二人でゆっくりしなよ。セルト、今日は晩御飯いらないから。」
「兄貴!」
「ミルズ!」
モルガンさん達が止める間もなく、ミルズさんは先程入ってきたばかりのドアを開けて、どこかへ行ってしまった。
突然のことに言葉を失って立ち尽くす面々。
小さく肩を震わせる少女になんと声を掛けたら良いのか、セルトもモルガンさんも決めかねていた。
「‥‥‥ど、どうしよう。ミ、ミルズさんに絶対誤解されてる‥‥‥!」
鈍い少女にも、それだけは理解できた。
だからこそ余計に、自分が不用意な発言をしてしまったからだというショックも大きかった。
ショックで涙も出ないのか、閉められたドアを呆然と見つめる少女の姿は、
いつもの天真爛漫な姿は見る影も無く、ただ、ひどく痛々しく見えた。
「‥‥‥なに、してるんだろう。」
閉めたドアを背にして、ミルズさんはポツリと呟いた。
『ありがとうセルト、セルトのそういう所大好き!』
少女のその言葉を聞くと同時に、何故か体が勝手に動いていた。
勝手に口がしゃべっていた。
二人がさっさとくっついてくれることは、自分の望みであったはずなのに。
それに、自分は何も間違ったことを言った覚えは無い、それなのに。
さっき何かを言おうとした少女の顔が、瞼に焼き付いていて、離れない。
「‥‥‥あぁ、そういえば今日は新月か。」
それを振り払おうとして、見上げた夜の空は暗く、
いつもよりもずっと少ない、いくつかの星が瞬くばかり。
あんな事を言って出てきてしまったは良いが、行く当てがあるわけでもない。
何処に行こうかと視線をさまよわせ、誰かがくる前にとバールを後にする。
そろそろ夕餉の時間だからか、通りを行きかう人の足音は少し早い。
そんな中、寂しげにゆっくり歩く足音が、ひとつ。
つづく!
■作者メッセージ
なんだかちょっと寂しい感じの終わり方になってしまいました。
ミルズさんに誤解された主人公は、本気で落ち込むこと必至です。
「もうひとつの家族」としての連載はあと1,2話の予定です。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
この次もお付き合いいただければ幸いです。
ミルズさんに誤解された主人公は、本気で落ち込むこと必至です。
「もうひとつの家族」としての連載はあと1,2話の予定です。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
この次もお付き合いいただければ幸いです。