読切小説
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ミルズさんの勘違い
「うーん、なんだか疲れがすごく溜まってる気がする…」


ミカは読んでいた本から顔をあげて、背中を思いっきり伸ばした。
今日は学校が休みで、読み損ねていた本を読んでいたところだ。


「自分の部屋じゃなくて、ここでゆっくりするのもたまにはいいかもね。
 ここからだと街の景色がよく見えるし。」


ミカは今居るこのバールの窓辺の席を気に入っていた。
はじめてここに訪れたときに座った思い出の場所でもある。
そんなことを思いながらふう、と一息つくと奥からセルトが紅茶を持ってやってきた。


「なんの本だ?それ」

「これ?これはね、日本の文化についての本だよ。セルトも読んでみる?」

「いや…、日本語だろ。」

「はあ、やっぱりセルトが淹れてくれた紅茶っておいしい!」


温かい紅茶のカップを手に持って、ミカはにこにことセルトに笑ってみせた。


「ああ…新しく仕入れた茶葉を使ったから」

「そうなの?何だか疲れが少しとれた気がするよ。」

「肩がこってるんじゃないのか?…さっきもすごい猫背だったし。」

「姿勢なんて全然意識してなかった…。だからこんなに疲れてる感じが
 するのかな」

「…ちょっと揉んでやろうか?」

「え!?いいの?…ありがたいけどお店は大丈夫?」

「大丈夫だろ、この時間帯は来る客が少ないから」

「うーん。じゃあお願いしようかな」


紅茶のカップをテーブルに置いて、ミカはセルトのほうに背を向けた。
セルトはミカの肩を揉みはじめる。


「あー。すごい気持ちいい!セルトって肩もみ上手だね!」

「兄貴によくこき使われるからな…」

「あはは、そうなんだ。ミルズさんって小説書いてるんでしょ?
 一日中机に向かってれば肩もこるよね。」

「…ああ」


まだミカは本当のこと知らないんだよな、そうセルトは思いながら
黙ってミカの肩を揉み続ける。
そしてセルトが首の付け根、おそらく一番こっているであろう所を
親指でぐっと指圧した時だった。


「…固いな。」

「!!…い、痛い!ちょっとセルト待って…!」

「痛いなら尚更だろ。」

「あっ、ちょっと…!駄目だってば…!」

「仕方ないだろ。お前がこんなんなってるのが悪い。」

「でも…っうう、セルトの馬鹿…っあ」

「その内気持ち良くなってくるから我慢――」

しろよ、セルトがそう言い終わる前に勢いよくバールのドアが開いた。
バン!と大きな音を立てて開いたそのドアに驚いて目を向ける2人。

「み、ミルズさん!?」

「セルト!いいかげんにしろよ!」

「なんだよ兄貴いきなり。ドア壊れるだろ」


ドアから入ってきたのはミルズ…自称売れない小説家、の、セルトの
実の兄だった。


「そんなことより!今お前ミカちゃんに何やって――」


ミルズは顔を真赤にして、何か相当怒っている様子。
ミカは訳が分からず困惑した様子でミルズを見つめる。
セルトは少し何かを考えた後、はあ、とため息をついてから静かに
口を開いた。


「"肩もみ"、だよ」

「はあ!?」

「"肩もみ"。」

「…」

「あ、あの…。一体どうしたんですか?ミルズさん」

「…ミカちゃん。」

「はい?」

「前に言った景色が良く見える場所、今度の休みに連れて行ってあげるよ。」

「え?あ、ありがとうございます…」

「うん。じゃあ、僕は部屋に戻ろうかな。またね、ミカちゃん」


ミルズはそう言ってすたすたと自分の部屋に戻って行った。
ミカはさっきまでとの様子の変化に戸惑いながらも胸をなでおろす。


「ね、ねえセルト。ミルズさんどうしたのかな?」

「…さあな。」

「何か嫌なことでもあったのかも…。セルト、ミルズさんにも紅茶持って
 いってあげなよ」

「ああ…それより、」

「ん?」

「いや、何でもない。」

「あ、お客さん来たみたいだね!私そろそろ部屋に戻るよ。
 肩もんでくれてありがとう、セルト。」

「…どういたしまして。」

読みかけの本を持ってぱたぱたと2階へ上がっていく小さな背中を見送る。

――本人が何も分かっていないのだからしょうがない。

「…勘違いするような声出すなよな」


ぼそっとさっき飲み込んだ言葉を口にして、セルトはミカが使った
紅茶のカップを片付けるのだった。
セルトの言葉にも勘違いさせる要素があったような気もするが
当の本人はまったく気付いていないらしい。



後日、セルトがミカに尋ねた「どんな小説を書いていそうに見える?」という
質問の答え「…官能小説、だったりして。」――に、
セルトとミルズが苦笑いしたのは言うまでもない。


12/12/31 12:33更新 / mika

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