読切小説
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月の憂鬱








動物は可愛い。
決して人を裏切ったりしないから。
与えればその分必ず返してくれる。




月の憂欝





上弦の月が朧な光を醸し出す中、いつもの如く部屋を抜け出す。
その先で彼は何事か呟く。するとそれに答えるように一匹の子猫が彼の前に踊り出る。
彼が先日街で拾ったばかりの三毛猫だった。
彼はその横に腰を屈め、柔らかな笑みを浮かべる。
ゆっくりと優しく猫の頭や背を撫でやるその顔には、深い慈愛の表情。
普段の彼を知る者がこれを見たなら、きっと驚愕するだろう。
これがあの第二王子フーリオ殿下なのか、と。

ぱきっと小枝が折れる音がし、はっと振り向く。
こんな夜に出歩くなんて誰だろうか。見周りの兵か?
しかし彼の予測は外れた。

「・・・誰かいるんですか?」

ガサガサと葉音がし、澄んだ声と共に姿を現したのは月の女神さながらの美しき女人。
いや、女人と呼ぶには未だ憚られる、その風貌はまるで少女のよう。
話に聞くところ、第三王子アルトの個人教授をしているらしい。
あの華奢な体躯と可愛らしい顔のどこにあれだけの知識と想像力を秘めているのか。
一度彼女の論文をカリエンに見せてもらったことのある彼は、常々疑問に思っていた。

「あ、フーリオ様」
「教授か。こんな夜中に散歩か?」
「ええ、まあ。フーリオ様もお散歩ですか?」
「そんなところだ」

ぞんざいな物言いで返答するも、彼女は笑顔で微笑み掛けて来る。
調子が狂う。
彼女――教授に出会う度にいつもそう思う。
彼女は決して街の女たちのようにはしゃいで彼を追いかけて来たりなどしない。
また、宮廷の人々のように恭しく頭を垂れることもしない。
勿論彼女が礼儀知らずというわけではない。
殆どの人間が彼に対して仰々しく壁を隔てて接す中、彼女はまったく奇異で異色な存在だった。

「フーリオ様?」
「……リオと呼べと言っただろう?」
「……相変わらずですね」
「……何とでも言え」

すとん、と彼女はごく自然に彼の隣に腰を降ろす。

「まだ寝ないのか?」
「リオ様こそ。どうせまた部屋を抜け出していらしたのでしょう?」
「お前は違うのか?」
「……それはそれ、これはこれです」
「矛盾している気がするが?」
「気にしないで下さい」

ふふ、と「いい月夜ですね」なんて笑いかけながら月を仰ぐ彼女。
すると不意にその足元に猫が踊り出る。

「可愛い子猫ですね。この子はリオ様が?」
「違う」

子猫を胸に抱きながら訊ねて来る。即座に彼は否定する。
すると漏れたのはくすくすと笑う声。
彼女の手には子猫の首に巻いてあった、『F』という彼のイニシャルが刺繍されている綺麗な紅色のリボン。

「……リオ様って…」

何を思ったのかそう呟き、微笑む。
彼はなんだか無性に恥ずかしくなってついとそっぽを向く。
そして話題を変えようとこんなことを持ち出した。

「お前の未来を占ってやる」
「はい?」

間の抜けた表情を浮かべる彼女。

「リオ様…この前私のことはもう占えないって…」
「当たるかどうかはわからん。だがお前が結婚できるかどうかぐらいはわかるだろう」
「はあ」
「お前のようなちんちくりんでも嫁にもらってくれるような奇特な男がいるのか、オレも気になっていたところだ」
「あの、リオ様?それってなにげに私のこと馬鹿にしてませんか?」
「お、よくわかったな?」
「リオ様…ッ!」

ころころと面白いように時々刻々と変化する彼女の表情に、彼は陽気にはははと笑いながら早速彼女の未来を予見する。

「…リオ様?何かわかったんですか?」
「…何も訊くな」
「え、それって…」
「…さて、そろそろ部屋に戻るか」
「ちょ、リオ様?!」
「おやすみ、教授。よい夢を」

物言いたげな彼女を後に彼は颯爽と立ち去る。
いつもの『飄々たる自分』を崩さないよう、高鳴る心臓を必死に抑えながら。

「参ったな…」

彼女の姿が消え、一人になった途端ふと立ち止まる。
そしてぽつりと一言漏らすと真顔で額を押さえた。

彼が予見した彼女の未来。それは幸せそのものだった。
数人の子に囲まれた若い夫婦。幸せそうな、少し大人びた彼女の姿。
旦那は…見えなかった。いや、正しくは見たくなかったから見なかったのだ。
――自分以外の男の隣で微笑む彼女など見たくない。
そう思うが故に、咄嗟に嘘を吐いてしまった。
何故、と彼は自分に自問する。…しかし答えは出ない。

暫くして彼は溜息を一つ漏らした。
ああ、くだらないことで悩んでいないで早く寝よう。
きっと一晩寝れば頭もすっきりするだろう。…オレらしくない。

けれどこの時の彼はまだ知らない。
これが【始まり】のほんの序章に過ぎないということを。






-END-

10/10/18 15:59更新 / あおい

■作者メッセージ
…学生の頃が懐かしいです。宮廷編が出来た頃にどっぷりはまってました…。
文章が色々残念なので、そのうち修正したいと思います。…中途半端なままUPしてしまってすみませんorz

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