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‥‥‥―そう、ただひとり。

初めから決まっていたはずの気持ちに、私は再度向き合う。
さっきまで押し殺していたはずの想いが、心の中に溢れる。
ピースの収まった所から温かい気持ちが零れて、零れて‥‥‥とても、苦しくなる。
私、アルト皇子を好きでいてもいいのかな、この気持ちを持ったままで良いのかな。

「気持ちは決まった?」

そんな私の感情を表情から読み取ったのか、ふっと微笑むイレールを、私はじっと見つめた。
そして口にした言葉はとても堅苦しく、私が学者であることの証明のようにも思えた。

「いくら恋が思慮分別のないものだとしても、私と彼とでは‥‥‥身分が違いすぎるもの。」

そう、もともとは他国の一介の学者である私が、皇子に対して恋心を抱くなんて、
いくらなんでも、許されるわけが無いと思った。
皇子の様子を思い返すと、もしかしたら皇子も私のことを、好きなのかなとは思う。
でも、やっぱり勢いであんなことを言った手前、もうそんな自信は無いし‥‥‥

「それも含めて思慮分別がないのが、恋だと僕は思うけどな‥‥ってハル?」

「ごめんなさいイレール、色々考えてたら、なんだかグルグルしてきたかも‥‥‥」

国へ帰ると決めてから、もうずっと悩んだり、思い出したり、
自分の意思とは反対のことを、一番言いたくない人に言ってしまったり。
悩み疲れで頭痛を覚えた私は、ふらりと近くにあったベンチに座った。

「う〜恋の病って初めて罹ったけど、厄介なものね‥‥‥あれ?」

「これって‥‥‥」

庭園の中に風に乗って、私とイレールの耳に自然と届いた。
イーヴに相談する時いつも弾いてくれた、ゆっくりで、綺麗な旋律のピアノの音。
辺りを見回しながら宮廷を見上げれば、窓の開いたイーヴの部屋から確かに聞こえる。
遠くのほうで庭の手入れをしていたシュイエも、手を止めてその曲に聞き入っていた。
‥‥‥イーヴは、やさしい。
きっとイーヴでなければ、こんなにも温かくて優しい曲は作れないし、
ましてやそれを演奏することなんて、絶対に出来ないと思う。

「‥‥‥イレール、私、決めたわ。」

「ん?」

「伝えるだけ、伝えてみることにする。皇子に、私の気持ちを。」

「‥‥‥そっか、頑張って。」

「えぇ、ありがとう。」

さっきまでの疲れが嘘のように、体が軽くて、立ち上がった私は少し驚いた。
言葉少なに、いつも私の話を聞いてくれてありがとう。
こんな時でも、私の背中を押してくれてありがとう。

「イーヴも!ありがとう!」

窓の向こうの演奏者に向けて、私は精一杯の感謝を告げた。



ハルが皇子に気持ちを伝えてくると行ってしまってから、イレールはイーヴの部屋を訪れた。
ピアノを弾いていた手を休めたイーヴは、ハルが無事にその気持ちに気付いたことを聞いて、
どこかホッとした面持ちで窓の、外を眺めた。

「よかったの?ハルにイーヴの気持ち伝えなくて。」

「‥‥‥いい。好きな人が幸せになる方がいいし。」

「たまにだけど、イーヴを尊敬したくなるよ。」

困ったような笑みを浮かべながら、イレールは空を見上げた。
イーヴもそれに倣って見上げた空は、綺麗に青く晴れ渡っていた。



イレールたちにお礼を言って、思い立ったが吉日の学者精神で動いている私は、
返事はどうあれ、ただこの気持ちを伝えたい一心で、アルト皇子の部屋の前まで来ていた。
さっきのこと怒ってるだろうなと、一瞬、ノックしかけた手を迷わせた私の目の前で、

‥‥‥部屋の扉が、開いた。

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