そしてアルト皇子が、口を開こうとしたその時―
咄嗟に私はそれを遮っていた。
「先ほどの質問にお答えします。・・・皇子に思慮分別があるとは思えません。私にそうお尋ねになること自体・・・そうではありませんか?」
「それは・・・」
皇子が絶句する。
私はずるい。
これは逃げ口上なんだ。
皇子のまっすぐな問いに、質問に質問で返したりして。
「・・・失礼します」
それ以上、この緊張した空間にいるのが耐えられなくなって、逃げるように皇子の部屋を後にした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(・・・どこ?)
いつもの場所に、イーヴの姿を探す。
なぜイーヴなんだろう?
会って、何を話すつもりなんだろう?
混乱した頭で、歩き回っていると、後ろから優しく声をかけられた。
「どうしたの、ハル?・・・そんな怖い顔をして」
振り返ると、常と変らぬイレールの笑顔があった。
ふっと体から力が抜ける。
「あ、イレール・・・ね、イーヴがどこにいるか知らない?」
「ああ、今日は楽譜を見に行っているはずだよ」
その言葉に、安堵とも失望ともつかぬ感情が広がる。
そんな私の様子に気がついた、イレールに「大丈夫?」と心配そうに見つめれる。
「もしよかったら、相談にのるよ。・・・何もできないかもしれないけれど、話を聞くことくらいはできる」
その言葉に、すがるような気持ちになった。
「・・・思慮分別ってどういうことだろうね?・・・慎重に考えて行動する・・・気持ちを抑えるのが大人じゃないのかな」
「場合によらないかな?・・・一般的な意味ならそれで正解だと思うよ。でも、もしそれが恋なのだとしたら・・・」
その言葉に、思わず息が止まった。
恋・・・この気持ちは、恋なのだろうか?
では、皇子の気持ちは?
私が遮った、その先の言葉は、早合点かもしれないと思った言葉は・・・
逃げずに、聞くべきだったのかもしれない。
それに、イーヴに対する、この気持ちはなんなのだろう。
「ねえ、ハル、思慮分別のある恋なんて考えられるかい?」
「それは・・・でも、そうしなければならない時だって・・・」
「やれやれ、学者さんっていうのは、そうやって理屈で感情をすべてねじ伏せるものなのかな?」
その言葉は衝撃だった。
今まで、そんな風に考えたこともなかった。
驚く私に、優しく笑いかけて、イレールが続ける。
「あのね、恋というのは、病にとても似ていると思うんだ」
「・・・病?」
「そう。この世で最も美しい病だよ。・・・誰かへの想いが溢れて、どうしていいかわからなくて、他の何も考えられなくなる」
芸術家のイレールらしい言葉だった。
そして、私の心の欠けていた所に、まるでパズルのピースのように収まった。
「ハル・・・君は、どうしたいの?」
・・・私・・・・私が、想っているのは・・・恋しているのは―
■ 執筆
・タグは<b><i><u><s><big><small>が使えます。