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ソロレスさんに託されていた皇子教育は、今日が、最後だった。

私は、十二分に自分の役割を果たせたのかと訊かれたなら、自分は、研究者であり学者であり、また、教授として、その本分は尽くさせていただきました、とは言える。とはいえ、一介の庶民である私に、皇子をさしおいて、高い自己評価などできません、としか答えようがない・・・そうとも思っていた。

もし、これをカリエンさんが聞いたなら、

「皇子の家庭教師たる教授が、なんと弱気な発言を。仮にも皇子を教育した者ならば、己を知っておくべきでありましょう?高名な学者が、皇子の家庭教師ではないと世に知れたら、それこそ、王族の名誉に傷がつくというもの。アルト皇子を貶(おとし)める結果にもなりかねないことを、まさか、教授とあろう方がお忘れになるはずはございますまい」などと言うだろう。

確かに、外国に来ているからといって、学会から忘れ去られるわけにはいかないと思ってこれまでやってきた。学者として、研究者として、何よりも、一国の皇子の家庭教師である身として、結果を残そうと、私は懸命に努力してきたつもりだ。

私にとってアルト皇子は、もう、どこへ出ても、皇子として立派に振る舞えるお方に成長したと、胸をはって自慢できる教え子でもある。

アルト皇子の実像を知れば、カリエンさんもいやみすら言えないだろうし、ヴォルクや、イングリフさん達も守ってくれるだろう。そう確信できた。

だから、今日が、もう、最後なのだと申し上げたのだけれども・・・。

それから。

アルト皇子の手がける研究。その着眼点は、もう私がいなくても、この先十分、皇子自身の手で進めて行ける域に達していた。アルト皇子は、勤勉で研究熱心でもある。これも、私がアルト皇子の元を去っても大丈夫だと思える、理由の一つだった。

アルト皇子の研究は、この国にとって、必要不可欠になってくる政(まつりごと)になるだろう。

真実の愛を追い求めているリオ様、いや、フーリオ第二皇子の、占いによる国政をも凌駕するものとなる、そう感じていた。

静かに本を閉じると、私は、

「それでは・・・」

そう言って最敬礼をして席を立とうとした。その時だった。

「待て。これは余の命令だ。先生は、まだ、私の元を離れてはならない」

アルト皇子は毅然とした態度と、深い哀しみの眼差しで、私にこう言うのだった。

「・・・では、アルト皇子。皇子は賢明な方です。ですから、その理由を私に教えて下さいませんでしょうか?」

私は膝の上に手を重ね、まっすぐにアルト皇子の瞳を見つめた。ざわざわと胸騒ぎのする自分の心に違和感を覚えながらも、平静を装いながら。

「余が答える前に、先生に、先に答えて欲しい。先生は、余の事をどう思っておるのか?」

「それは・・・アルト皇子はこの先、この国の、思慮深い、民に親しまれる王となられる方です・・・」

これは、ソロレスさんも、私もそうあって欲しいと望んでいる事だ。けれども、皇子の質問に、私はきちんと答えていない、というのは、わかっていた。

とはいえ、「あまりにも身分が違いすぎるのです」と答えるには、早急だとも思えたし、率直でありすぎるとも思えた。

そこまで考えて、私は自分にはっとした。

わかっていた?一体何を?そして、何が、早急なのだろう?何が、率直すぎるのだろう?何故、私は、咄嗟に、「あまりにも身分が違いすぎるのです」と思ったのだろう?

私は、動揺を悟れまいと、いずまいをただした。そして、イーヴがこの事を知ったなら、私をどう導いてくれるだろう・・・と考えていた。

え?何故、イーヴが?私は、軽い目眩(めまい)に襲われた。

その時、アルト皇子はゆっくりと席を立ち上がると、束ねていた髪をほどいた。

はらりとその髪が皇子の肩を覆った時、アルト皇子は、一人の若い青年の姿になっていた。

「!!皇子!例え親しい貴族の御曹司とはいえ、レルム様の真似など、なさってはなりま」

そう言い終わらないうちに、皇子は微笑を浮かべると、よく響く、透き通った静かな声で私にこう言った。

「そう。先生は、レルムに、思慮分別の足りない者は大人ではない、そう言われた。今、先生の目の前に居る余は、まだ、思慮分別が足りない者なのか。確かに、レルムに比べ、余の人生は短い・・・」

「皇子それは・・・大人であるかどうかということが・・・皇子と私にとって、問題なのでは・・・ありません・・・」

アルト皇子は、あまりにも美しかった。透き通った静かな声がまた響いた。

「もう一度たずねる。余は、思慮分別の足りない者なのか?そうでないのか?」

黙って唇をかみしめている私に向かって、アルト皇子は同じように、少しの沈黙を置いた。

「・・・先生の質問に、余はまだ、答えていない」

私は息を飲んだ。皇子、その先を口にしては、なりません!と、思わず叫びそうになった。けれども、それは私の早合点かもしれない。

そう。私の早合点かもしれないのだ・・・。

アルト皇子は、知らぬ間にうつむいてしまった私のそばに来ると、そっと私の肩に手を置いて、一つ、溜め息をついた。

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